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外国人が触れた江戸明治

 開国後の日本には多くの外国人が訪日しました。当時の日本人から彼らが特に見出したのは「内なる豊かさと外なる調和」でした。当時の記録を見てみましょう。

 1881年にある英国商人が奈良の山里を訪れた際、こう記しています。

この村の人々の表情には、西洋では見られない穏やかな満足感がある。誰もが笑顔で挨拶し、子供たちは無邪気に遊び、老人たちは尊厳をもって敬われている。

物質的には質素でありながら、彼らの精神的な豊かさは私の心を打つ。

私はこの光景が近代化の波に近代化の波に飲み込まれる日が来ることを恐れている。

 アメリカの外交官、タウンゼント・ハリスは1856年に日記にこう記している。

日本では最も貧しい農民でさえ、余暇を持ち、花を愛で、月を眺める時間がある。

西洋の労働者には考えられない贅沢だ。

彼らの生活には強制がなく、自然な調和がある。

私は新しい時代が始まることで、この国固有の幸福が失われはしないかと危惧している。

 オランダ人の海軍士官カッテンディーケは1859年の帰国前にこう書き残しています。

私はこの美しい国を去るにあたり、深い悲しみを感じる。

日本人は今、幸せである。

しかし、我々西洋の影響により、彼らはどれほどの試練を受けることになるだろうか。

彼らの静かな幸福、自然との調和、互いを尊重する精神。

これらが失われていく様を想像すると、胸が締め付けられる。

 イザベラ・バードという英国人女性は1878年、明治11年に日本を訪れ横浜から東北を経て北海道まで4500Km以上の旅をしました。彼女は妹へにーに宛てた手紙の中で次のように記しています。

日本人は物質的には質素でありながら、その精神的豊さんに心を打たれた。

 特に山里の村人たちの生活に深い印象を受け、「貧しさの中にある、尊厳と喜び」を見出しています。彼女の記録によると、まず日本人の安全性に特別な価値を見出しています。日本ほど女性が一人で旅をしても、危険や無礼な行為と無縁でいられる国はないと思うと日本人のマナーの良さを称賛しています。また各地で出会った知識人たちとの対話を通じて、日本人は勤勉で礼儀正しく親切でありながら精神的な深みを持つ民族だと感じ、欧米では失われつつある調和の精神を感じたと書いています。彼らの静かな幸福、自然との調和、互いを尊重する精神、これらが失われていく様を想像すると胸が締め付けられると。

 フランス人のピエール・ロティは次のように表現しています。

日本人は存在することと生きることの区別がない。彼らは常に現在に生き、自然と一体となっている。

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